近年、AIによる画像生成が急速に広がっている。美麗な絵をわずか数秒で描き出す一方で、学習過程に無断で既存の作品を取り込み、作家の作風を再現してしまう点が問題視されている。
それは「模倣」ではあっても「学び」ではない。AIの描く線に、文脈も敬意も存在しない。
一方、漫画家のアシスタントが師匠に似た絵柄でデビューするのは、まったく別の意味を持つ。そこには指導と許諾の関係があり、似ることは修行の結果であり、文化的な継承の証でもある。人は模倣を通して学び、やがて自分の作風を確立していく。AIの「統計的模倣」とは異なり、そこには経験と意志の時間が流れている。
著作権法の観点でも、両者の立場は対照的だ。アシスタントの学びは合意の上で成立するが、AIの学習は多くの場合、著作者の了解を欠く。とりわけ商業利用においては、人格権の侵害や倫理的無責任が問われる。
創作とは、単なる再現ではなく「誰と、どんな関係の中で」生まれたかという物語である。AIの模倣は関係なき再現であり、アシスタントの模倣は関係ある継承だ。
芸術の本質は、線の精度ではなく、人が人から学び、感謝をもって伝えていくところに宿る。AI時代の今こそ、その境界線を見失ってはならない。